札幌高等裁判所函館支部 昭和43年(ネ)14号 判決 1968年10月25日
控訴人 山本朝一郎
被控訴人 国
訴訟代理人 岩佐善己 外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実 <省略>
理由
本件農地は、もと昭和鉄骨株式会社(但し昭和二三年当時商業登記簿上昭和鉄骨土建株式会社と商号変更登記されていた。このことは成立に争いない乙第一九号証により明かである。以下昭和鉄骨と略す。)の所有であつたこと、右農地について、控訴人に対し、農地法三六条に基き昭和三〇年一一月一日を売渡期日とする同三一年一二月八日付売渡通知書の交付をもつて売渡処分(以下本件売渡処分という)がなされ、その頃控訴人がその対価全額を支払済であることは当時者間に争いがない。
そこで本件売渡処分の前提となるべき買収処分の存否について検討する。
本件売渡処分がなされる以前の昭和二三年に当時所轄の亀田村農地委員会によつて、本件農地について旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略す)三条一項一号に基く買収計画が樹立されたことは当事者間に争いがない。ところが<証拠省略>を綜合すると、前記争いない買収計画樹立後、右計画に基く買収手続は、右計画の公告があつた後所有者昭和鉄骨より異議申立がなされ右申立に対し棄却決定がなされた段階まで進んだが、以後まつたく放置され、結局買収令書が交付されるには至らなかつたこと、そして前記売渡処分は関係機関が右のことに気付かないで既に買収処分があつたものと誤信して手続が進められた結果なされたものであることが認められる。<証拠省略>によつて認められる控訴人に交付された前記売渡通知書の買収期日欄に昭和二三年一〇月二日の記載があることは、右認定を左右しない。してみれば本件売渡処分には、これに先行すべき買収処分未了のままなされた瑕疵の存することが明らかである。
ところで本件農地について昭和三八年三月一日を買収期日とする買収処分がなされ、被控訴人が登記簿上現に所有名義人となつていることは当事者間に争いがないところ、控訴人は本件売渡処分に存する前記の瑕疵は右買収処分により補正治癒されたと主張するので按ずるに、なる程農地買収処分の時期より後であつても単なる手続上の事由によりその先後が逆になつたにすぎない場合でしかも時間的に接着してなされたものであるときは、右買収処分を目して売渡処分に先行すべき買収処分の欠缺を補正する効力を認めてしかるべきであるが(最判昭和三八年一二月二四日民集一七巻一七六〇頁参照)、本件における前記買収処分の経緯をみるのに<証拠省略>によると、所轄亀田村(現亀田町)農業委員会は、本件農地が農地法六条一項一号に該当する小作地であるのにその買収が未了となつていることを知り、昭和三六年六月頃以降これについて同法九条に基いて買収手続を進め、同法八条所定の公示手続を了して同年八月三〇日右農地の買収を議決し、同年九月道知事に対し買収進達の手続をなしたこと、ところが右進達は書類の記載の不備等を理由に受理されず前記委員会はあらためて翌三七年一〇月三日付で買収の進達をなしこれに基いて道知事は前記買収処分をなしたこと(買収処分がなされたことは争いない)、以上の買収手続はすべて右各手続の時点における本件農地の所有ならびに利用関係、土地状況等をみてなされたこと、以上の事実が認められ、これら両処分の時間的間隔および右買収処分のなされた経過に徴すると、上記買収処分は明らかに本件売渡処分の存否とは何ら関連づけられることなく別個の処分としてなされたものというべきであるから、右買収処分に本件売渡処分の前提たるべき買収処分欠缺の瑕疵を補正治癒する効力を認めることはできない。尤も<証拠省略>を綜合すると、前記農業委員会は本件売渡処分にあたり担当者に前認定のような過誤の存したことに鑑み、右買収処分に際しては、本件農地を控訴人に取得させるべく企図していたことが窺われるものの、右は単に行政庁内部における下部行政機関の意向にすぎず、道知事が同様の意図を表示して右買収処分をなしたと認めるべき証拠の存しない本件にあつては、この一事によつて右買収処分と本件売渡処分との間に何らかの関連性を肯定するのは相当でない(しかも、本件にあつてはその時間的経過に徴し、農地法施行法二条一項一号に依拠して自創法による買収手続を完成させ、本件売渡処分の前提たるべき買収処分欠缺の瑕疵を補正する機会は右買収処分当時において既に失われたというべきである。最判昭和四三年六月一三日判例時報五二三号三〇頁参照)。以上の次第で控訴人の前記主張は失当として採用のかぎりでない。
次に控訴人は右買収処分がなされたことにより本件売渡処分を受けた控訴人は他人の物の売買に関する法理の類推適用により本件農地の所有権を取得したと主張するので、この点について考察するに、他人の物の売買であつても私法上は完全に有効で売主は目的物を取得して買主に移転する義務を負うものであり、かかるが故に売主が目的物の所有権を取得すると同時に買主にその所有権が移転するものと解されるのであるが、本件売渡処分は前提たる買収処分を欠くことによつてその効力を肯定するに由ない場合で、しかも右買収処分は本件売渡処分とは全く無関係になされた新規の処分と認めるべきこと前記のとおりである以上、少くとも本件のような場合には、他人の物の売買に関する法理を類推適用して右買収処分のなされたことにより直ちに控訴人に本件農地の所有権が帰属すると解する余地は存しないというべきである。
他面被控訴人が右買収処分に際し買収期日直前の昭和三八年二月二五日買収の対価全額を供託したことは当事者間に争いがない。そして右買収処分に先立ち昭和二三年に本件農地につき自創法に基く買収計画が樹立されたものの買収処分にまで至ることなく中絶し、しかも農地法施行法二条一項一号に依拠してこれを完成する機会を失したとなすべきこと前説示のとおりである以上、国が農地法所定の要件に則り、本件土地についてあらためて有効に買収処分をなし得るものと解すべきことは論を俟たない。
以上の説示で明らかなとおり、その点について判断するまでもなく、本件売渡処分は前提たるべき買収処分を欠きその瑕疵が重大かつ明白であるから当然無効というほかなく、従つて本件売渡処分により本件農地の所有権は控訴人に移転するに由なく、一方前記昭和三八年三月一日付買収処分とこれに伴う対価の供託により本件農地は被控訴人の所有に帰したものというべきであるから、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべく、また被控訴人の反訴請求は正当として認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
よつて民事訴訟法三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木潔 山口繁 今枝孟)